オレ様のZ!(300ZX:Z32編)

オレ様が2番目に乗ったのがZ32でした。

このZ32は90年にアメリカで先行デビューして日本には91年くらいから発売になったと思います。 

今までの日本車にはない、絶対的な存在感がこのクルマにはありました。少なくともそう感じました。

で、莫大なローンを抱えて無謀にも新車を購入してしまいました!(最終的にはローン残して売却しましたが・・・。)

 このクルマは3リッターツインターボだったので、最初からバカッ速でした!

改造ポイントは外見をプロジェクトMのフロントスポイラー、モデナの17インチでカッコつけておりました。

足回りはHKSのショックとスプリングでフロント8段階、リヤ4段階調整でした。

どちらかというと街乗り仕様だったのですが、それでも結構イイ感じの足回りだったと記憶しています。

↓この画像は当時のCBに掲載されました!↓

改造としてはライトチューン程度で、エンジンはノーマルのまま、HKSパワーフロー、5次元の排気(フロントパイプも5次元)、

当時はやったブリッツのEVC(スクランブルブースト機能があって、ほんの3秒だけ加給圧を1.3くらいかけてました。)

それとクラッチがだめになったので、OSの乾式ツインプレートにクロモリのフライホイールを組んだら

ハンクラ効かなくて、最初のころしょっちゅうエンストしてたのを思い出します。

当時はゼロヨンにはまってました。

 幕張ゼロヨンではそんなに負けたこと無かったです。(アイテヲ エランデ ショウブ シマシタカラネ!) 

幕張に仲間が住んでて、土曜の夜は大体そいつとロイヤルホスト(幕張店)でメシを食って、

その後にゼロヨンを10本くらい遊んで、そのまま湾岸にのって取り合えず、千鳥町PAでクルマ自慢です。 

でも一般の人から見たらほとんど暴走族と同じだったと思います。 

100台以上いたもんね。そこで知り合いになってもそいつがどこに住んでてどんなやつなのかも知らず、

知っているのはそいつのクルマと名前だけってのが結構ありました。 

その後、湾岸でちょっとだけカットンで環状線を10週くらい回ってから横浜方面に流して、帰りの湾岸東行きは最高速トライアル。 

このZはメーターノーマルだったから180キロから先は良くわからなかったけど、速かったなぁ!

ちなみにこのZは納車後、20日目で縁石に足回りをヒットさせて速攻でドック入りになったのが、とても悲しかったです。

 そのことが今、安全運転を心がけるきっかけになっています。(マジ) 

やっぱり全開走行はきちんとしたサーキットか、とんでもなく広いところで、できればマーシャルがきちんといる体制でやるのがいいでしょう。

でもストリートレースは楽しいんだよなぁ!

 

ここは袖ヶ浦の海岸通り。昔はゼロヨンやってたらしいが、20年位前はすでにやっていなかった。

オレ様がゼロヨン好きだった時代は幕張が全盛のときで、マリンスタジアムもまだ出来てなかったように記憶している。

メッセもまだガラーンとしていた。

ちなみに一番上のCBに掲載された写真の解説では、浦安あたりの海だと思うなどと、コメントされていたが、

浦安にこんな広く海が見えるポイントはないのではないだろうか。

現在の景色はアクアラインが開通したので、こんなに広く海が見えない。

夕景も夜景も結構きれいなので、お勧めです。

 

 

当時いろいろなチューニングショップで最高速トライアルが盛んだった。 

オレ様のお気に入りは松戸の「Project−M」というショップでブルーメタ・ブラックのツートンの300ZXが最高にカッコ良かった! 

あるときProject−Mに見学に行ったら、そこの社長さんがやけに詳しく(熱く)解説してくれたので、

こりゃそのまま帰るの悪いなと思い、バッチとステッカーを買った。 

バッチは当時乗っていたZXのケツに貼り付けたが、市川PAなどで知らない人から

「Project−Mのチューンですか?」

ときかれても、オレ様のZは給排気、ブーストUP仕様で訳のわからないメーカーのコンピュータを装着するというインチキチューンだった。

しかし「そうですヨ!はやいヨ〜!!」と元気に答えていた。 

かなり気まずいが・・・。 でも実際には結構速かったよ。

 

 

 

 

 

 

1990の思い出

 

 

 

 

 

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